Minimalenkon

れんこんが辛子レンコンになっていく過程

付加価値の不必要性

こんにちは、レンコンです。

 

 世の中にある便利なものは一様にして、本来の機能に+αされているものが多いと思う。

一眼レフにWi-Fi、服にブランドのロゴ、スマホに鮮やかな画面と高性能なカメラ、などなど

 

実に便利でいて、もはや、生活の中で無くてはならないものになりつつある。

 

しかし、付加価値は本当に必要なのか?

 

私がこのような疑問を持ったのは、スマホを手にし始めた時である。

 

なんて便利なんだ、いろんなことができる!

 

高揚しました。そして、何かスマホを使えばより輝かしい未来があるかのように感じた。

 

だが、実際はそうではなかった。私には手に余る代物で、ほとんどの機能をうまく使いこなせていない。

 

この機能は本当に私にとって必要か?

 

長い間使っていくうちに、懐疑的なことを考え始めた。

 

 色々な機能を便利に使える人にとっては付加価値は付加価値であるが、使えない人にとっては、それは将来使うかもしれないものか、もしくは全く使わない、邪魔なものになってしまう。

 

私のような、大して利便性を求めない人間にとっては単機能の方が、よほど多機能な複合機よりも使い勝手がいいのである。

 

だからこそ、私は、未だお米を炊くときは土鍋を使い。ガスのグリルでパンを焼く。

 

利便性を求めない私には、今身の回りにあるものが、少しだけ違和感がある。

 

いつか、手放せる日が来ることを願って

 

では、さよなら、さよなら、さよなら